Speech

セイラーズ フォー ザ シー 日本支局 発足記念基調講演
「子孫のために海洋食料資源を確保するために」

デイビッド・ロックフェラーJr.
米国ロックフェラー財団会長
セイラーズ フォー ザ シー(Sailors for the Sea)設立者、会長

2011年11月8日 於:東京 参議院議員会館

ご出席の閣僚、国会議員、著名な NGO 指導者、報道関係者をはじめとする皆さま – 私と妻のスーザンは、日米の両国民にとって共通の懸念事項である「食料源としての海の健全性と将来にわたる生育力」について、本日お話できることを光栄に思います。実際、この問題は世界中の 70 億人全員に関わる問題です。

多くの皆さんと同様、私は子供の頃浜辺で遊んだり、ボートに乗って海に出かけることが楽しみでした。海は、幻想的で魅力的なものです。海は、豊かで神秘的なものです。また日本の皆さんは、悲しい体験を通して、海の威力や破壊力について世界中の誰よりもよくご存知のはずです。

妻のスーザンと私は、日本の東北地方で起きた3月11日の地震と津波という二重の被害に遭遇した4箇所の地域を訪問し、昨日戻ってきたばかりです。 被害にあった学校では仙台市長とお会いし、港町では漁師の方々と会い、田んぼが塩の湖と化した海岸付近の住民の皆さん、そして仮設住宅に住む避難住民の方々ともお会いすることができました。 破壊された家々や生活をじかに目の前にして涙を堪えることは、難しいものでした。 甚大な被害を受けた日本の方々に深く同情申し上げます。

私は長年船舶操縦者として、常に海を愛してきました。しかし若い頃は、これほど巨大な水の塊に健全性に対する問題など発生するとは思いもよりませんでした。結局のところ、ヨットは海の表面を帆走するに過ぎないので、船乗りはヨットの下で起こっている問題について何も知らない場合が多いのです。

しかし、2000年にピュー海洋審議会で委員を務めることになり、たちまち米国の海水が直面しているすべての問題について知ることになりました。これには、漁業資源の減少、都市、農地、産業により流れ込む汚水、海に投棄されるゴミ、各国の海洋政策に関する規制の縺れが挙げられます。

この審議会のメンバーには、政治家、環境問題の専門家、宇宙飛行士、数人の科学者だけでなく、私のような慈善家も含まれていました。この審議会の議長は、現在の国防長官で、それ以前はアメリカ中央情報局長官を務めた レオン・パネッタ氏でした。この審議会のメンバーを務めることができたのは大変光栄でした。我々は審議会で、2003年に包括的な報告書をまとめ上げました。

そこで得た主な結論は「海は問題に直面しているが、それに気づいている人はほとんどいない。そしてこの問題に対処するために何らかの行動を取っている人や行政組織はさらに少ない」というものでした。しかし以後 8 年間、これらの問題を認識する人が増え、さらに多くの行政組織がこれらの問題に対処しようとしていることを、私は嬉しく思います。

ピュー報告書の発表後、私は自分自身で行動を起こすことを決意しました。(個人が問題に対処するというところは非常にアメリカ的です。)そしてセイラーズ フォー ザ シー(Sailors for the Sea)という民間のNGO教育団体を設立しました。この団体の主な目的は、海の健全性に関する問題について船舶操縦者を教育し、海の世話役となるよう動機づけをすることです。

そして本日、セイラーズ フォー ザ シー日本支局を東京に設立しますことを、謹んで発表いたします。これは世界中で最初の国際支局となります。また、セイラーズ フォー ザ シーがアメリカズ・カップ イベント委員会の公式サステナビリティ・パートナーになりましたことも合わせて発表いたします。

米国には、現在結成中のセイラーズ フォー ザ シーと同様のNGOの力強い伝統があります。例えば、トラウト・アンリミテッド(Trout Unlimited)は、フライフィッシングを楽しむ人々が鱒の生息する川を保護するために設立した団体、オージュボン(Audubon)は、鳥の営巣地や渡り鳥の飛来地を保護するために鳥類愛好家が設立した団体、サーフライダー(Surfrider)は、地元のビーチを救済するためにサーファーが設立した団体です。つまり、レクリエーションのために資源を利用している人達が、その資源を保護するための団体を自ら設立しているのです。

米国には、250万人の船舶操縦者がいます。また、それ以外にもパワーボート操縦者の数が1000万人に上ります。これらの団体が一致団結できる方法が見つかれば、非常に強い影響力を発揮できるでしょう。セイラーズ フォー ザ シーは、このような船舶操縦者を教育して救済チームの活動メンバーになることを奨励し、人間による不注意な行為から海を守ることを目標としているのです。

今「人間による不注意な行為」と述べましたが、これは人間による問題の大部分が、貴重な海に危害を与えることを望んで意図的に引き起こされたわけではないからです。というよりも、一見広大で力強い海という生態系に対して、害を及ぼす行為を積み重ねる危険性について、我々人類は最近までほとんど気が付かなかったのです。

審議会による最も衝撃的な発見の一つは、サイエンス(Science)誌の論説から得たものです。この論説は、人間の知恵と産業テクノロジーによって、わずか50年間で90%の大型魚類が捕獲された事実を明らかにしているのです。ここで、大型魚類を滅亡させるような陰謀は何も存在しなかったことに注意してください。ただ、非常に多くの大型漁船によって、魚の供給量の低下が促進されたに過ぎないのです。

私は、あらゆる種類の魚介類を食べるのが好きです。メイン産ロブスター、ニューイングランド産タラ、メキシコ湾のエビ、もちろん日本の刺身も大好きです!魚介類を中心にした食生活は、肉類を中心にした食生活よりも健康によいと言われます。米国では、魚介類のレストランに人気が集まっています。日本風の寿司バーも人気です。このように、魚介類に対する健康的な需要が非常に高まっています。

ところが、このように人気の魚介類が以前ほど豊かに生息していないと警告する兆候が見られるのです。既に世界規模で、人間が消費する魚介類の半分は養殖に依存しているのですから。そこで、以下の疑問を持つことが必要であると考えます。養殖による魚介類は本当に安全か?魚介類の養殖産業は、どの程度持続可能か?天然魚の個体数にどのような影響があるのか?

畜産業と同様に、囲いの中で鮭を養殖するなど、非常に密集した状態で魚を飼育すると病気のリスクが高くなり、魚の品質も損なわれる可能性があります。さらに、養殖魚が逃げ出すと天然魚の個体数にも影響が出ます。そして、養殖魚の餌となる海洋性タンパク質自体が減少している中で、この方法を持続できるかどうかにも疑問が残ります。

現在米国では、消費者、起業家、天然魚の個体数を全て保護できる水産養殖のための規制体制を開発中です。この体制を確立するには、さらに長期間かかります。

しかし日本人の食生活が主に魚に依存しているため、日本では状況がかなり異なると聞いています。我々の食文化が非常に異なることは理解できますが、日本の魚と米国の魚の生物学的特性が大きく異なるとは考えられません。雌の魚は、十分に成長するとより多くの卵を生むのが普通です。若い魚は、捕食動物から隠れて成長するため「複雑な生息地」を必要とします。どの魚種についても、種の持続性を脅かさずに「捕獲」できる量には限界があります。

かなり最近まで、具体的には20世紀の初頭まで、世界の総人口が70億人ではなく20億人に近かった頃は、すべての人に対して十分な量の魚が存在すると考えられていました。しかし今日、これはもう当てはまりません。例えば中国では、人口と豊かさの両方が上昇するに従い、中国人による海洋性タンパク質の需要が大幅に増加することは避けられません。

必然的に、人間による需要、技術的な能力、限りのある資源という要因により、魚介類を捕獲する「権利」を誰が持つかについて深刻な意見の食い違いが生じます。例えば、自分の国か、相手の国か、という問題です。また、豊かな国か、貧しい国か、という問題です。そして、現在の子供たちのためか、それとも将来の子供たちのためか、という問題です。そこで我々は国家として、またグローバル共同体として、このような質問への回答を得るための適切な仕組みを生み出すことが最も重要なのです。

日本を含めて130を超える国々が海洋法条約を批准しているにも関わらず、米国上院が依然として批准していない事実は、正直なところ恥ずかしく思っています。今後北極の氷冠が溶け、これまで船舶が運航できなかった海域にも開放水域ができると、米国も条約に調印して魚介類、鉱物、運行経路に関する権益を保護するよう迫られることが予想されます。

北極の氷冠が完全に溶けると、ロッテルダムから横浜までの航海距離が6436キロ(4000マイル)ほど短縮されるので、海運業者にとっては莫大な節約になると同時に、救済機能や応答機能がほとんどない海域で大規模な原油流出が起こった場合、その海域の水質の健全性に対するリスクも比例して膨大になります。

今もなお、我々の海は食料の不足した世界を養うことができる、巨大でしかも大部分が無償の資源であり、産業レベルと職人的漁師レベルの両方で大勢が働く莫大な利権を有し、活気ある沿岸経済を支援していると考えられています。しかしこれは、小規模な漁団と大規模な漁団、漁獲装置やターゲットとする魚介類の違い、現在の子供たちと未来の子供たちなど、対立することの多い利害のバランスをとるため、各国政府が十分な安全対策を構築することができて初めて可能となることなのです。

そこで、我々全員が直面している課題は、共に現在を生きつつも異なる場所で生活する我々の間で魚類や漁業による収益を割り当てる方法について、また、今日を生きる人々とまだ生まれていない人々の間に魚類を割り当てる方法について「公正かつ透明な決定」を行うことであると、私は考えます。

最後に申し上げたいのは、「我々の胃袋、財布、精神は、海から恩恵を受けている」ということです。

私は、このような問題について皆さんと議論できる機会を心待ちにしております。また、質問がおありでしたら、どのようなものについて喜んで回答したいと思います。

ご清聴ありがとうございました。